顔や肢体を容赦なく斬りつける冷たい風が吹く。
大地も草木の変化が見られそろそろ冬支度といったところだろうか。
私は井戸から汲んだ水を桶にとり我が家へと戻る。

風に花の匂いが運ばれていることに気づいた。
家に近づくにつれ、花の匂いが増す。

これは私の好きな――

抑えられぬ動揺を必死に落ち着かせ戻ると――



「よう、元気か?」
「……フランス、何故ここに?」
。ちゃんと俺の質問に答えること。お兄ちゃんとの昔からの約束だろ?」

家の前には大きな花束を持ったフランスがベンチに座っていた。
このベンチは昔フランスが私のために作ってくれたものだ。
形は少々不格好で斜めに曲がっているが(フランス曰く、これが俺の他の凡人とは違う芸術性とのこと)目を見張るような美しい色で塗ってくれたことを今でも鮮明に覚えている。

私は大きく息を吸い、落ち着こうと自分に言い聞かせた。
第一ここにフランスが居るはずがない。
きっと今はパリの、ヴェルサイユの喧噪に巻き込まれているのだから……。

「私は、元気です」
「そうか。安心した。のことだから泣いてはないだろうが。心配してたんだぞ」
「私のことは心配無用です。ただ、私よりあなたの方が、」
「そんな顔しないの。美人が勿体無いだろ? また髪切っちゃって……」
「だって戦になれば、」

邪魔ですから、と付け加えようとする前に指をあてがわれ言葉を塞がれた。
そしてフランスは少し悲しそうな表情を浮かべる。

「っ、ご、ごめんなさい…私ったらまた、」
が謝ることじゃないって。さあて。辛気臭い話しに来たんじゃあないんだ。この花、覚えてるか? 街の片隅で小さくて可愛い花売りのマドモアゼルがお兄ちゃん、このお花は如何?って言ってくれたんだ。に見せてやりたいって思って、な」

そう言い終えるとフランスは私に花束を手渡した。

「よし。目的は遂げた。、目を閉じて三つ数えて」
「……少し話していきませんか? 温かい紅茶を用意するから…」
「残念ながら時間がないんだ。さあお兄ちゃんの言うことを聞いて」
「いい子に…待ってます。だから無理しないで…」
「ああ。分かった」

私はフランスの表情を網膜に焼き付けぎゅっと瞳を閉じた。



目を再び開けると目の前には誰もいなかった。
今までと変わりない風景があるのみ。
あれは私の生んだ幻だったのかもしれない。
手渡されたはずの花束はない。
けれど、凛とした花の香りはまだ纏わりついている。

ああ、私は――

立ったまま夢をみている



私は家に戻り筆を執った。
お元気ですか、私は元気です。と書き出しが始まる他愛もない手紙を書くのは初めてと気づき久しぶりに微笑んだ。

( どうかこの手紙が大切なあの人の元へと届きますように )