今日も夢見が悪かった。 そう呟けば、またぁ?と真紀に呆れ顔で返された。 「仕方ないじゃん・・・悪かったんだから」 「はいっつも言うよね、夢見が悪いってさ。・・・それほんとに悪いの?」 疑わしげにを見つめる真紀は中学以来の親友であり、が連日見る夢を打ち明けている唯一の相手だった。 もっとも、夢の内容までは詳しく話さないのだけれど。 話したところで「漫画の読みすぎ」なんていうありきたりな言葉を返されるのがオチだろうし、そうでないとしても話したくなかったのだ。 ・・・"彼"との、唯一のつながりとも言うべきこの残された過去の「記憶」を。 悪いと言っていいのかはわからない。 夢に見る八割は幸せな記憶だからだ。二割はつらいものだが、しかし問題はそこではない。 「・・・・」 問題は、これがいわゆる前世の記憶であり、夢の中の"彼"とは会うことが出来ないということ。 だから、夢見が悪いとは言うのだ。 会えもしない相手の夢を見るなど、蛇の生殺し以外の何物でもない。 「黙り込むってことは、悪くないってこと?」 「う・・・わ、悪いよ!あの夢見た後はいっつも泣きたくなるんだもん!」 「"あの夢"、ねー。内容は結局まだ教えてくれないんだ」 「うん、教えない。・・・これだけは、だめ」 の前の席の椅子に横向きに座っての方へと視線を向けていた真紀は、頑なにそれだけは拒むにやれやれ、といった風にかぶりを振った。 その顔に浮かぶのは苦笑だ。 「は妙に意固地なとこあるからなー。まぁ突っ込んでは聞かないけどさ・・あ、ねえ転校生来るって噂聞いた?」 「転校生?」 「そ、しかもうちのクラスに来るんだって」 男の子らしいよー、と言う真紀はしかし大して興味も内容で、話はそこで終わった。 「真紀ってそういうのに対する関心薄いよね」 「まぁ転校生が来たからといって私にはそこまで関係ないし。友達になるかもわかんないじゃん」 「そうだけどね。言ってる私もそうだし」 「でしょ?」 味方を得たという嬉しそうな笑顔にも笑う。 そこで担任が教室へと入ってきて、真紀は自分の席へと戻った。 入れ替わるように本来の前の席に座るクラスメートがやってきて、二人はいつもどおり挨拶を交し合う。 転校生は、当然だが漫画のようにSH時に担任に呼ばれてやってくるわけではなく、あらかじめ用意されていた教室の一番隅の席へとやってきた。 この後自己紹介をするのだろう。 ざわめく教室内につられるように転校生へと視線を向けたは、そこでぴたりと動きを止めた。 短めの金髪。ここからは見えないが、おそらくその瞳は緑色だろう。 黒板向かって最左列の一番後ろの席に座るから見てちょうどまっすぐ横、最右列の一番後ろに、転校生はいた。 名前なんていうの、という気の早いひとつ前の席のクラスメイトの問いに、「アーサー。・・アーサー・カークランド」と転校生が答える。 外人だ、と言う声が囁かれ、イギリス人だ、とは確信した。 鞄を机の横にさげ顔を上げたアーサーは、ぐるりと周りを見渡して、と同じように、ぴたりと、動きを止めた。 もともと記憶にあるその顔は童顔で、たいした変化は見受けられない。 翡翠の瞳が驚きをまとってまっすぐを射抜いている。 クラスメイトが動きを止めたアーサーを見て、怪訝そうにその視線の先を追う。 追った先、同じようにが動きを止めているのを見て、クラスメイトたちはしきりに二人を交互に見やる。 SHまではまだ少しだけ時間があった。 ざわめく教室内は静まることを知らないようで、時が止まったかのような錯覚に陥りながらも喧騒が耳に届いていた。 「・・・・い、ぎ・・」 紡ぎかけた名前を最後まで言い切れなかったのは、直後にアーサーが踵を返して教室を出たからだ。 その行動に唖然とするに、アーサーが消えた今を狙ってかクラスメイトの視線と質問が集中する。 の知り合いか!?という質問が大半を占めていて、の周りには今まで見たことないほどの人だかりが出来てしまった。 しかし当の本人はと言えば、あまりの衝撃に目を見開いたまま、のろのろと視線を周りの人間に彷徨わせるのみ。 一向に返ってこない答えに「おーい、聞こえてるー?」とクラスメイトの誰かが尋ねたとき、激しい足音と共にアーサーが戻ってきた。 クラスメイトがいっせいにそちらに注意を向ける。 も立ちあがって、どうやら「憶えている」らしいアーサーに歩み寄ろうと、した。 ・・・その足は、踏み出されることなく止まった。 「あ、隣のクラスの転校生じゃん」。 誰かが呟く。アーサーに連れてこられた新たな人物は、やはり金色の髪だった。 しかしアーサーと違ってこちらは肩ぐらいの緩いウェーブがかかっていて、瞳の色は青に近い。 走って連れてこられたらしいその人物は、息を切らせ俯けていた視線を上へとあげて、そして動きを止めた。 『・・・・うそ』 紡がれた言葉は掠れていた。 口から流れ出たのは日本語ではなくフランス語。 「・・・の知り合い?」 いつの間にか隣に来ていた真紀が問う。 肯くべきか否定するべきか、悩んでいるうちに「ちょ、!?」と真紀の驚いた声がした。 何に驚いたのかは、聞かなくてもわかっていた。 はらりはらりと、頬を伝う雫の感触に、泣いているのだと自覚する。 「・・・ほんもの、・・?」 途切れ途切れに尋ねる。 クラスメイトたちはいつからかすっかり口を噤んでいて、独り言より小さなの呟きもしっかり届いた。 『ほんとに、フランス?』 使い慣れたフランス語で問う。 周りの人間が、聞きなれない言語にぎょっとする中、は漸く一歩を踏み出した。 まるで背後から押されたようによろめいて一歩を踏み出した後、「、なの?」という相手の言葉にはくしゃりと顔をゆがめた。 二歩、三歩、歩幅が狭まるのに比例して足の出る速さが速まる。 四歩目を踏み出した瞬間に、駆け寄ったフランスには強く抱きすくめられた。 「・・・俺だよ・・あぁ、でも今は、「フランシス」だけど、でも、俺だ。・・俺だから・・・!」 「・・・・っと、に?」 「あぁ・・ほんとに!」 抱きしめられたままの体勢から開放されて、は漸くフランシスの顔を見ることができた。 変わらない顔がそこにはあった。 触れた温度も、抱きしめられた感触も、目の前にいる姿も、全部。 「・・・今度こそ、夢じゃ、ない?」 確かめるように呟いた言葉に答えるように、深く口付けられた。 後ろにいるクラスメイトたちから囁き声がして、やがてざわめきと冷やかしの言葉に変わっていく。 しかし今自分がしている行為を恥ずかしいとは微塵も思わなかった。 何度も何度も夢見た姿が、今は目の前にある。 唇を離して再度抱きしめられた耳元で、「愛してる」と小さく囁かれた。 それに答えるように抱きしめる力を強めて、私も、と声にならないぐらいの声で囁く。 抱きしめたフランシスの向こうに見たアーサーは二人を見て苦笑していた。 視線を合わせたは、泣きながら、それでも幸せそうに笑う。 「 てぐすねに引かれた恋 |