慣れないドレス。 慣れないヒール。 慣れないワイン。 成れない貴婦人。 (……退屈、かも) ふぅ、とわたしはため息をついた。 右手のグラスには、赤いワインが半分くらい残して、そのまま。 別に、赤ワインが苦手、と言うわけではなくてアルコールが苦手、と言うか。 好んで飲むヒトの気が知れない。 パーティだって本当なら来たくない。 すべては、そう。 「ー」 気やすくわたしの名前を呼ぶこのヤロウのせい。 「なんですか、フランス」 「ご機嫌斜めだなー。あんまり冷たいとお兄さん悲しくて泣いちゃう!」 「泣いてください。そうしてくださると他人のふりがしやすくて助かります」 「うわー……本気で泣けそう」 はつれないんだからー、とかなんだか間延びしたような声で言う。 つれないです、申し訳ないけれど。 フランスが、一生のお願い!とわたしの手を掴んで離さないものだから、わかりました、と言ってしまっただけ。 今考えたらおかしな話じゃない。 国であるフランスに“一生”という概念があるのかしら。 つまるところ、わたしは巻き込まれたということか。 壁ぎわに逃げていた、わたし。 そのとなり、あいている壁のスペースに、フランスは寄り掛かる。 思う。このヒトは、わかりやすい。 典型的な『黙っていれば二枚目、口を開けば三枚目』的要素が目立ってる。 だけど、本当はまじめなところもあるし、誰より思慮深く、鋭い。 実は敵に回したら怖いタイプなんじゃないか。 そんなふうに、わたしは思う。 ぼんやりと考え事をしていたわたしの、正面でひらりと手が動いた。 はっ、と意識がはっきりする。 手はフランスのもので、そのフランスがわたしを覗き込むように見ていた。 「?」 「は、はい」 「どーした?俺の方見てぼーっとして」 「いえ……そんな……」 「なになに俺に惚れちゃったー?」 「いえ、そんなことまったくありません」 「ひーでぇ」 そんな風に言いつつ、フランスは笑う。 その笑い方がどうも傷ついたヒトの笑い方には見えない。 つまり、わたしの反応はフランスにとってビンゴだったらしい。 惚れた、と言うか。 今日のフランスは、場所が場所なだけに、別人のように見える。 着くずされていないスーツと、赤いリボンで一つに結ばれた髪。 片手のワイングラスも違和感がない。 フランスは、この国で。わたしは、彼の部下で。 パーティに相応しいか相応しくないかは、当然分かってしまう。 わたしは、相応しくない。 「フランス」 「ん?」 「……どうして、わたしをつれてきたんですか」 「?」 「だって、わたしなんて、ふさわしくない……こんな、ところに」 慣れないドレス。 慣れないヒール。 慣れないワイン。 成れない貴婦人。 わたしは、わたしの限界を知る。 「と行きたいと思ったから」 「……フランス」 「それだけじゃ、不満ですか?お姫様」 「不満……不満ですよ。わたしなんて」 「私なんて?」 「わたしなんて、ドレスはにあわないし、生まれたての仔鹿みたいにしか歩けないし、ワインもあんまり飲めないし」 「……?」 「パーティなんて、苦手だし」 「アルコール回ってる?お嬢さん」 「……すみま、せん」 「いーえ。アルコールに弱い女の子は可愛い可愛い」 ワイングラスを持っていない手で、わたしの背中を撫でる。 その手のあたたかさに、安心する。 「フランス……フランス、聞いてください」 「うん」 「わたしは……フランスが、すきです」 実は、わたしは、このヒトに染められているんだと。 そんな風に思ってしまった。 グラスを持っている右手は、ワインの冷たさが残っていて。 でも、体は、アルコールとフランスに熱を与えられているのだ。 ![]() (そうやってあなたは冷めない熱をわたしに注ぎ込むのね) |