気がついたら、靴も脱がないままベッドで横になっていた。ベッドは高い香水の匂いがした。自分の ベッドではないと思い当ててからも、そこから起き上がるのに時間がかかった。体が重たくて動かしたく ない。頭からの命令が空回りして戻ってきているかのようにまるで思うとおりにいかない。起き上がってから も上体が意思を無視してぐらぐらと揺れるので立ち上がれなかった。そうとう酔っぱらっている。揺れ 動く部屋はやはり自分の部屋ではない。勢い余ったは再びベッドに倒れた。ばねが小刻みの波をつくる。 名前を呼ばれて応えた。

「お湯はどうする?」
「たてない。」

 どうでもよくなっていた。何がどうでもいいのか、その対象もわからない。いつの間にか真っ暗だ。 目をつぶっているんだ、まぶたが開かない。
 いきなり、熱いものが顔にかかった。手でどけると湯気が出ているタオルだった。それをまぶたの上に 戻すと気持ちがいい。だんだんとタオルが冷えてきた。
 あっと思った。
 それは声に出て、はね起きる。おもしろそうに眺める二つの目と視線が合わさった。

「気分はましになったか。」
「とっても! うん、だから帰る!」

 が腰を浮かすと何もされていないのに押し戻された。酔いが覚めたのは頭だけのようだ。目の前 のフランスが声を出さないで笑っている。

「その様子でどうやって? もう電車も走ってないよ、うちにいた方がはるかに安全。」
「そんな意味じゃないの! もうこんなとこ来ないと思ってた!」
「どうして? って訊くのも今さらだからやめるけど、落ちつけよ。まだふらふらしてんぜ。」
「もう嫌味はたくさん。」
「うん。」
「やさしくされるのも。」
「うん。」
「わかってるような言葉もいらない。」
「わかってるよ。」
「わかってない。」
「わかってる。」
「これっぽちだってわかってない。」
「わかってるさ。散々聞かされたよ、さっきまで。」
「やっぱりわかってない。」
「理解するのと、への態度を変えんのは別さ。ベッド使っていいからもう休みなよ。タオル投げて ちょうだい。」

 手の中で冷たくなったタオルをはいわれた通りに投げ返した。フランスはそれを受け取って奥へ 方付けにいった。はフランスがいなくなった室内をもう一度見回してみた。浮かび上がる数々の 記憶をくだらないとはねのけた。ベッドのふちに腰かけたまま、靴を片足ずつゆっくりと脱ぐ。終わると さっさと毛布に包まってまぶたを閉じた。ベッドはいい香りがする。その香りを深く吸い込むとなつかしい 気分になった。
 靴音が聞こえては耳をそばだてた。

「寝た?」

 は意識して呼吸をする。どきどきしながらいってみる。

「あっさりしてるのね。」

 は毛布をかき抱いた。フランスはとぼけるような声をだす。

「そう思う?」
「またそんなこという。だから大嫌いよ。いつまでもふわふわした態度とってどういうつもりなの。ぜ んぶ、私のためだっていうの?」
「それはのことを大切に思っているからだよ。どうしたの? 酔ってるから?」

 は内心で博愛主義者めと毒づき、いいたいことを整理しながらゆっくりと話しだした。

「同じ街に住んでいて、何年も会わなかったのに急に再会するなんて、ドラマを期待しちゃうじゃない。 それもフランスなら叶えてくれそうで、どきどきしたんだ。やっぱりあなた、すてきなんだもの。でも 昔のようにはならないって思ってる。だからやさしいあなたにいらだつのよ、とても。」

 毛布の中で体を丸めて、はフランスがどういう言葉を続けるのか待った。

「俺はと会えてうれしかったんだぜ。着るものは変わったけど、すぐにわかった。店の若い子よりずっと かわいかったよ。」
「今さらそんなこといわないで。……ねぇ、寒いの。一緒に寝てよ。」





2008/11/29 かじゅ