仕方ないといえば仕方ない。だって、好きになってしまった。 痛みが降る。心のうちに。これは愛の痛み。なんて言ったら笑ってくれるだろうか、彼は。 思い浮かんだ顔はいつも通りの笑顔を浮かべてくれていた。 だから私も、自然と頬を緩ませる。泣きたい気分なのに、笑う。不思議だ。でもそれが心地よい。 たぶん、まぶたの裏の彼のおかげ。彼のせい? 「おーい、?」 耳に聞きなれた声。彼の声。さすがに幻聴を聞くほどではない、から、これは現実。 私はそっと目を開けた。ずっと瞑っていた私に、外の光は驚くほどまぶしい。 太陽の光を受けて、彼の髪がきらきらと光る。それがまぶしい。綺麗。 「?」 「ん・・・どうしたの、フランス。ラ・ピュセルの墓参りじゃなかったっけ?」 「もう行ってきたよ」 彼は命日には決して墓参りに行かない。理由を昔聞いたことがある。 彼は笑って答えた。命日には彼女をしのぶ人がたくさんいるからと。人ごみがわずらわしいのかと聞いたら、彼は首を横に振っていた。 まぁそうだろう。彼が人ごみを嫌うようには見えない。むしろ自分で突っ込んでいく。というか、作り上げてる。 人の中心にいるのが彼。中心じゃなくても、中心のごく近くに。 そんな彼が人ごみを避ける理由。簡単なことだ。彼女を思い出すさなかに、人の喧騒を混じらせたくないのだろう。 泣きたくなったときに、人前で泣けないからだろう。そんな理由では。彼らしくない、まじめな理由で。 ジャンヌ・ラ・ピュセル。たぶん彼の想い人。知っている。彼が彼女との思い出を大切にしていること。 だって私が恋したのは。恋したのは。 「、なんか悲しいことでもあった?寂しそうだね」 「ううん。・・あ、もしかしたらさっき見てた映画かも。悲恋だったから」 嘘をつくのが、日に日に上手くなっていく。いや、もしかしたら彼は気付いているのかもしれない。どうだろう。 考えても分からないし聞く気もないのでその疑問は捨て置いた。とりあえず。 フランスがどこか納得したような表情をみせる。その表情も好き。でも。 「ねえフランス。今日も何か聞かせてよ」 「・・・好きだねぇ、ジャンヌの話」 少し呆れたようにフランスが笑う。その笑顔も好き。でも。 私が好きなのは、別にジャンヌの話じゃない。いや、彼女の話も好きだ。でも、それ以上に。 私が恋したのは。 「そうだなぁ・・・じゃあ俺が始めてジャンヌに花を贈ったときにさ 思い出しながら話をする。ジャンヌの話を。 そのときのその表情が、私は何よりも好きだった。その慈しみ愛しむ笑みに私は恋をした。 ジャンヌを想う貴方に、私はずっと恋をしている。 彼が話す言葉の総てが記憶に残っていく。それと一緒に、その笑顔を記憶していく。 少し朧になっても、曖昧にでもまだいつでも思い出せる。笑顔。 好きだよ、私は心のうちで呟いた。 「・・・・・なぁ、。俺さぁ・・・」 話を終えて、フランスが呟いた。少しだけ寂しそうな声。 ずっと表情を見つめていたから、その瞳が揺れているのにも気付いた。 「俺さ・・・いろんなことを、少しずつな・・・忘れてるんだ」 「・・・・記憶障害ってこと?」 「いいや、そういうのじゃなくて。生きていくうえでの、過去の忘却だよ」 「・・誰にでもあることだわ」 私は言う。彼も肯く。けれどフランスは首を横に振るのだ。 「ジャンヌのことさえ忘れていく・・・大事だったはずなのに。 大切な想い出だったはずなのに、忘れてく」 「そう、なんだ」 「怖いんだ、」 フランスは言った。言葉の先は安易に想像できる。ジャンヌを忘れ去ってしまうこと。 思い出せない過去の人になってしまうこと。誰かに言われて初めて、存在を思い出す程度の、思い出ではなく記憶にしてしまうこと。 私はフランスほど長生きではない。ヒトの一生は彼にしてみればとても短いのかもしれない。わからないけれど。 「・・・怖いんだ。・・・同じように、いつかのことも忘れそうで」 「・・・・・え?」 小さく、小さく零した言葉は、当然のように疑問系。 予想したのと言葉が違った。変だな、なんでそこで私の名前? フランスは私の場にそぐわない奇妙な疑問の声に、ふと顔を上げた。 「・・ごめん」 「・・・・・ラ・ピュセルを忘れそうで、怖いんじゃないの?」 首を傾げて尋ねれば、「を忘れるほどじゃない」とフランスはのたまった。 「・・・・なんで?」 「・・・・・なんでって・・・が好きだからだよ」 そう言って彼は笑った。儚く、しかしとても力強く。 あぁ、あ。 頬の紅潮。熱を持つのを感じる。 好きだった。恋をしていた。ジャンヌを想い、彼女を語るその表情に。 私が恋したのは。なのに。 「好きなんだ・・・」 彼は小さく呟いた。強気な彼にしては珍しい、弱い言葉だ。愛してると彼は言わない。 でもそれが恋愛感情だと、それくらいはわかる。 だから、だから。だから? それは関係ない。でも、でも私は恋をした。 ・・・二度目の恋だ。 「・・・・・馬鹿みたい、私」 小さく呟いて笑う。彼が不思議そうな顔をする。 彼にこれまでの私の心境を語ったら、きっと笑ってくれるだろう。そんな気がした。 ねぇフランス。私に二度、恋させた貴方に私の想いを伝えるわ。 「・・・私も好きだったよ、ずっと」 恋をした。二度目の恋をまた貴方にした。 好きだよ、と。はにかんだ貴方のその笑顔に、私を好きだというその表情に、私は二度目の恋をした。 君の自己犠牲で救えるもの (救えたのは小さな虚栄心。犠牲にした自己を救ったのは、貴方) |